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身を捨てて 村を救った 照山修理

<照山修理>
水戸藩が1641(寛永18)年に行った検地(農地などの測量・所有者調査)は、測量の基準値を変えたため、土地に変化はないのに帳簿の上では面積が増加して、農民はより多くの年貢を納めなくてはならなくなりました。
金沢村の庄屋照山修理らは、この検地は村民を困らせるとして強訴し、捕らえられて処刑されました。後の再検地によって年貢が減った金沢村の農民たちは、修理たちの恩義を感じ、長く義民として慕ったということです。

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